東京高等裁判所 昭和25年(ネ)885号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(事實)
被控訴人は、「昭和二四年七月三〇日控訴人から木炭千五百俵を買い受け代金のうち金十万円は被控訴人から控訴人に即日交付すべく、もし控訴人が昭和二四年九月末日までに目的物を引渡すことができないときは売買契約は当然に解消し、控訴人は被控訴人に対し前渡金十万円を返還すべき旨を約定し、被控訴人は同日金十万円を交付した。ところが被控訴人は右期限内に目的物を引渡さなかつたから、契約にもとずいて右前渡金の返還を求める」と主張したのに対し、控訴人は
「被控訴人の右主張事実は認めるが、右売買契約は統制法令に違反し、公序良俗に反するものであるから無効であり、それにもとずいて給付した金十万円はいわゆる不法原因給付であるから、その返還を請求することはできない」と爭つた。
被控訴人はこれに対し本訴は契約にもとずく義務の履行の請求であつて、不当利得を主張するものではない、と主張した。
(判斷)
控訴人は、原審では欠席したためであろう敗訴となつたが、控訴審ではその主張の抗弁が容れられて勝訴となつた。判決は、まず
「本件請求の金十万円は前記売買について約定した前渡金返還條項にもとずいて支拂を求めるものである。從つて一應形式的にいえば契約の履行を求めるものである。しかし、その契約の前渡金返還條項そのものが、將來売買が解除となつた場合に控訴人に生ずべき不当利得返還を約するにほかならない。(なお右條項は、そこに明示する事由による賣買解消の場合のほか、なんらかの事由で、賣買が無効とされる場合をもふくむものと解するのが相當であつて、被控訴人は前記賣買が法令違反により無効であるとしても、右條項によつて本件請求をなすものと認められる)かように請求者の主張としては、どこまでも契約にもとずく義務の履行の請求であつて、不当利得を主張するものではなくても、もしその請求が満足せられるならば、不当利得の返還がなされたと同じ結果が生ずるという場合には、その事案が民法第七〇八條にあたるかどうかを、問題としなければならない。もしこれと反対の見解をとるならば、不法原因給付返還の請求がしばしば右法條の禁止をくぐつて行われ、民法が同條によつて達しようとする理想はふみにじられるであろう。」
と判示した上
「前記売買契約のなされた昭和二四年七月三〇日は、昭和二三年八月二一日農林省令第七三号薪炭需給調整規則の施行中である。同省令によると、同令に特に定められる除外例の外、木炭は政府でなければ、木炭の生産者または他の何人からもこれを讓り受けることができないのである。ところが、前記売買は、同省令に定められる除外例にあてはまるとの主張も証拠もないから、同省令の禁止に反する契約であるとみなければならない。同省令は、昭和二一年一〇月一日臨時物資需給調整法にもとずき発せられたものであつて、農林大臣が産業の回復及び振興に関し、経済安定本部総裁が定める基本的な政策及び計画の実施を確保するために発した命令であるから(同法第一條)、この農林省令がまもられるかどうかは、ひろく国民一般の経済生活に大きなさしひびきのあることである。……その禁止するところをあえてなすことは社会道德上強くひなんせらるべきふるまいであつて、まさに公の秩序善良の風俗に反するものといわなければならない。
以上のようなわけで前記木売買の前渡代金として控訴人に、金十万円を交付した被控訴人は、民法第七〇八條に「不法ノ原因ノ爲メ給付ヲ爲シタル者」にあたり、「其給付シタルモノ」である金十万円の返還を請求し得ない。よつて、本件請求はこれを棄却すべきものである。」と判断し、なお次の説明を附加している。
「前記農林省令は前記木炭売買のすぐ後の昭和二四年八月一日廃止せられ、同時に同年農林省令第七四号が公布実施せられ統制は少しゆるめられたけれども、これによつて以上の説示するところを変更するを要しない。ただ前記売買当時当事者双方が前記法令改廃の内議を知つて、その改廃後に、被控訴人が右新規則による割当公文書を得る限度において履行する趣旨において本件売買契約をしたのであれば、契約の効力及び不法原因であるか否かの問題について前説示とちがう結論になるかも知れない。しかし、本件では右のごとき事実は十分に主張立証せられないところである。なお、かりに右の点が立証せられたとするならば、問題はつぎに移つて、被控訴人が割当公文書を得た上で控訴人に履行を請求しなければ控訴人は履行の責を負わないことになるから、被控訴人は右の事実を主張立証しなければ、控訴人に不履行の責ありとは認めがたいのである。ところがこの主張も立証もない。統制が全然なくなつた現在においてはどうなるかの点については、被控訴人はなんらの主張をもしないから、この点から被控訴人の請求が認容せられることは不能であろう。